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桓性皇子の墓

いこまいけ高岡

 桓性皇子之墓(通称:太子墓)は、越中に幽閉されこの地で亡くなった後醍醐天皇の皇子「桓性皇子」のご陵墓です。富山県内で唯一の陵墓です。
 桓性皇子(こうせい みこ)は、後醍醐天皇(第96代天皇)の皇子で、元弘の変(1331年から1333年)の際に父である後醍醐天皇と共に鎌倉幕府の討伐を企てたが失敗し、天皇は隠岐に配流となり、桓性皇子は幕府軍に捕らえられ、1332年(元弘2年)3月に鎌倉幕府方であった越中の守護・名越時有(なごやときあり)のもとで悪皇子宮に幽閉されました。1333年(元弘3年)2月に後醍醐天皇が隠岐を脱出し、幕府側の形勢が不利となった同年6月30日(旧暦の5月10日)に時有によって桓性皇子が殺害されました。
 桓性皇子の墓のある東二塚地区には、昔から桓性皇子にまつわる遺跡が多く伝えられ、1912年(明治45年)に「桓性皇子之墓」と定められました。
 
桓性皇子の墓、お濠や塚のような盛土も無く石垣で囲まれた平地です。
桓性皇子の墓
 
桓性皇子の墓 地図
 
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住所:富山県高岡市二塚
行き方:JR城端線 二塚駅から徒歩5分、能越自動車道 高岡インターから車で10分
駐車場:ありません、南側の路肩が多少広くなっているので短時間の駐車なら可能。
 

 

 
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