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種子石碑


 種子石碑(しゅじ せきひ)は、芦峅寺中興の祖とされる「阿闍梨法印龍淵(あじゃり ほういん りゅうえん)」が、仏祖報恩のために1830年(文政13年)に造立したものです。「種子(しゅじ)」とは、密教における仏尊を象徴する一音節の呪文(真言)で、この石碑には胎蔵界大日如来(たいぞうかい だいにち にょらい)を現す種子が刻まれています。この種子石碑を造立した龍淵は、高野山華蔵院の真言僧で、文政年間(1818年~1829年)に北陸を遊行し、芦峅寺宿坊の泉蔵坊(せんぞうぼう)に7年間滞在しました。この間、復古神道(江戸時代に国学者たちによって提唱された神道(儒教・仏教などの影響を受ける以前の日本民族固有の精神に立ち返ろうという思想で明治に入り神仏分離や廃仏毀釈へとつながる考え))によって混乱していた芦峅寺の教義を調整し、立山信仰の興隆に尽くしました。
 
種子石碑(写真:2011年9月24日撮影)
種子石碑
 
石碑:中央に「胎蔵界大日如来の種子」、中央下に「法印龍淵墓所」の文字
石碑
 
石碑左下の碑文
石碑左下の碑文
 

 
芦峅寺の閻魔堂
閻魔大王姥尊像十王像閻魔堂の門種子石碑閻魔堂横の石仏
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