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雄山神社 前立社壇

いこまいけ高岡

 雄山神社 前立社壇(おやまじんじゃ まえだち しゃだん)の起源は定かではありませんが、立山山頂にある峰本社の里宮として創建されたと考えられています。古くは大宮立山寺と呼ばれ、江戸時代には岩倉寺、明治時代には岩峅寺雄山神社遥拝所と呼ばれました。社伝によれば、1191年(建久2年)に源頼朝が再建し、1492年(明応元年)に足利義種によって修復されたと云われています。その後も富山城主佐々成政の庇護を受け、加賀藩前田家の所領後は藩主一族の武運長久・息災延命や五穀豊穣などを祈る祈願所として厚く保護されました。江戸時代に、立山信仰が盛んになると現在の富山市から立山室堂までの参拝路「立山道」として整備され、立山道の途中である岩峅寺の前立社壇にも多くの参拝者が訪れました。
 国指定重要文化財の本殿は、和様の斗栱組(ますぐみ)で五間社流造りになっています。一間大面取りの向背を付けて高い階段を覆い、下は浜床の様式をとり、総体は素木(しらき)造りです。昇り階段下の向背は角柱で、大斗を乗せ、その上には虹梁(こうりょう)を懸け、木鼻は象形で芭蕉葉図案の手挟(たばさみ)によって屋根に取り付けています。また本殿は、大丸柱上に大斗を乗せ、柱間には中央に神紋、左右に日と月やその他の図案彫刻をあしらった蟇股(かえるまた)をはめ込んでいます。破風の拝下には「いの目懸魚(けぎょ)」を懸け、屋根はもとは杮葺き(こけら ぶき)でしたが現在は桧皮葺き(ひわだ ぶき)になっています。蟇股彫刻や向背の手挟、木鼻などは室町時代中期の様式です。
祭神:雄山大神(伊邪那岐之神、天之手力男神)
摂社:刀尾神社(刀尾天神=立山地主神で農耕健康の守護神)、末社:稲荷神社(倉稲魂命、食料や商売の守り神)、八幡宮(応神天皇、神功皇后)
 
雄山神社 前立社壇の境内
本殿(国指定重要文化財)
本殿
拝殿
拝殿
石造狛犬
石造狛犬
湯立の釜
湯立の釜
 

 
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