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十三重之塔 慰霊碑


 十三重之塔 慰霊碑は、折立ヒュッテから始まる登山道を約30秒歩いた左手にある、立派な石造十三重之塔です。昭和38年(1963年)の38豪雪の冬に、薬師岳登頂を目指し遭難した愛知大学山岳部13人の霊を慰める慰霊碑です。この事故を契機に富山県警察山岳警備隊が結成されました。
 
十三重之塔 慰霊碑(写真:2014年9月02日7時10分撮影)
十三重之塔 慰霊碑
 
十三重之塔の案内板(写真:2014年9月02日撮影)
十三重之塔の案内板
 
案内板の内容
十三重之塔 慰霊碑
 
 この十三重之塔は、昭和38年(1963年)1月、薬師岳登頂を目指したが、38豪雪による想像を絶する猛吹雪と寒気のため、遭難死した愛知大学山岳部員13名の慰霊のため、ご遺族と関係者により設置されたものである。
 昭和38年1月14日、豊橋市の愛知大学から、富山県警察本部へ、薬師岳に登った山岳部員13名が、下山予定を過ぎても帰らないと捜索依頼が出された。
 同大山岳部員や県警など、90人に上る捜索隊が陸地から、報道ヘリコプターが空から捜索したが、豪雪のため難航を極めた。22日には報道陣のヘリが太郎小屋付近に強行着陸し、人影がない事を確認した。その後、第3キャンプ周辺での捜索でも手掛かりが得られず、13名全員の生存は絶望となった。
 3月23日に5遺体を発見、10月14日には最後の2遺体が、父親らの執念の捜索により遭難以来286日ぶりに発見された。
 この事故を教訓に、富山県は、昭和40年その後多くの人命救助に活躍する山岳警備隊を結成し、翌年には全国初の富山県登山届出条例を制定する事になった。
 
      北日本新聞社「富山大百科事典」より抜粋
           愛知大学
 

 
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