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増山城下町土塁跡

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 増山城下町土塁跡(ますやま じょうかまち どるい あと、砺波市指定史跡)は、室町時代に越中守護代神保氏累代の居城として栄えた増山城の上り口・七曲がりを防御するために築かれたものです。土塁の南側は、現在では和田川ダムの増山湖となっていますが、ダムが出来る以前は「下町」と呼ばれる場所で、増山城の時代には城下町の一部でした。
 和田川をはさみ、増山城の対岸にある段丘の東端に位置し、その西側に空掘を備えていました。従来は自然地形と考えられていましたが試掘調査により、人為的な盛土であることが確認されました。さらに、現存する土塁の北側へも延びていたことも確認されています。
 土塁跡は、長さ約80メートル、最大幅約10メートルで、堀との高低差2メートルとなっています。また堀は盛土により、現状のまま埋められ現在では水田となっています。
 この段丘は、昭和52年に実施された試掘調査により、段丘全体に旧石器時代・縄文時代から近世までの遺物が埋蔵されていることが確認され、増山遺跡と命名されました。
 
増山城跡・増山城下町土塁跡(写真:2009年4月11日撮影)
増山城跡・増山城下町土塁跡
 
増山城跡・増山城下町土塁跡 地図
 
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緯度経度:北緯36度39分4.222秒 東経137度2分10.847秒
 

 
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増山城跡
 

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