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興福寺 北円堂


 北円堂(国宝)は、721年(養老5年)8月に藤原不比等の一周忌に際し、元明上皇と元正天皇の両女帝が長屋王に命じて創建させたものです。興福寺伽藍の中では、西隅に位置していますが、この場所は平城京を一望の下に見渡すことのできる最良の場所で、平城京造営の推進者であり興福寺の創建者である藤原不比等の霊を慰めるのに最適な位置であったと考えられます。現在の建物は、1180年(治承4年)焼失後の1208年(承元2年)頃の再建で、興福寺に現存している建物の中では最も古い建物となっています。奈良県斑鳩町にある法隆寺夢殿と同様に側面と屋根が八角形の「八角円堂」です。華麗で力強く、鎌倉時代の建物であるにもかかわらず、奈良時代創建当初の姿をよく残し、三手先斗栱(みてさきときょう、軒を支える組物)、軒は3軒、地垂木(ぢたるき)は6角の断面にしています。内陣は天蓋が輝き、組物間の小壁には笈形(おいがた)が彩色されています。北円堂の堂内には、木造弥勒仏坐像(国宝)、木造法苑林菩薩・大妙相菩薩半跏像、木造無著菩薩・世親菩薩立像(国宝)、木心乾漆四天王立像(国宝)が安置されています。
 
興福寺 北円堂(写真:2008年11月9日撮影)
興福寺 北円堂
 
興福寺 北円堂 地図(中央の赤マーカーの場所が北円堂です)
 
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北円堂に安置されている仏像の説明
 本尊・木造弥勒仏坐像は、晩年の運慶が一門の仏師を率いて1212年(建暦2年)頃に製作した仏像です。
 木造法苑林菩薩・大妙相菩薩半跏像は、弥勒仏の脇侍像で、室町時代に制作されました。  木造無著菩薩・世親菩薩立像となっている「無著」「世親」の兄弟は5世紀頃のインドで活動した唯識教学の祖で、興福寺が属する法相宗で非常に尊ばれている人物です。本尊弥勒像と同じ頃、運慶一門の作です。鎌倉時代のリアリズム彫刻の頂点をなす作品とされ、日本の肖像彫刻の最高傑作の1つとして高い評価を得ています。
 木心乾漆四天王立像は、北円堂内に安置された他の諸仏より古く平安時代ごく初期の像です。1285年(弘安8年)の修理銘によれば、本来は大安寺のもので、791年(延暦10年)に造立されたと書かれています。
 

 
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