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興福寺 国宝館


 国宝館(こくほうかん)は、旧・食堂(じきどう)の跡地に建てられた興福寺に伝わる仏像や寺宝を展示する施設です。建物は、1959年(昭和34年)に完成した鉄筋コンクリート造で、外観は旧・食堂を模した寺院建築風となっています。国宝館の内部には、食堂の本尊であった千手観音(高さ5.2メートル)が中央に安置され、仏像をはじめとする多くの寺宝が展示されています。千手観音以外の展示物としては、阿修羅などの乾漆八部衆立像(国宝)、乾漆十大弟子立像(国宝)、銅造仏頭(国宝)、木造仏頭(重文)、木造金剛力士立像(国宝)、木造天燈鬼像・龍燈鬼立像(国宝)、木造法相六祖坐像(国宝)、木造千手観音立像(国宝)、板彫十二神将像(国宝)、金銅燈籠(国宝)、梵鐘(国宝)などがあります。
 
興福寺 国宝館(写真:2008年11月9日撮影)
興福寺 国宝館
 
興福寺 国宝館 地図(Map of Kokuhokan Pavilion, Kofuku-ji Temple, Nara City, Japan)
 
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中央の赤マーカーの場所が国宝館です。
 
国宝館と周辺の見所
  1. 国宝館
  2. 東金堂:1415年(応永22年)再建、国宝
  3. 五重塔:1426年頃(応永33年頃)再建、国宝
  4. 仮金堂:講堂跡に建つ建物で、薬師寺の旧金堂を移築
  5. 中金堂跡:2018年完成に向けて再建工事中
  6. 中門跡基壇
  7. 南大門跡
  8. 興善院
  9. 南円堂:1789年(寛政元年)再建、国指定重要文化財
  10. 本坊
  11. 大湯屋:1426年(応永33年)頃再建、国指定重要文化財
国宝館に展示されている仏像の説明
 乾漆八部衆立像は、奈良時代の作です。もと西金堂本尊釈迦如来像の周囲に安置されていた群像の1つです。五部浄(ごぶじょう)、沙羯羅(さから、しゃがら)、鳩槃荼(くはんだ)、乾闥婆(けんだつば)、阿修羅(あしゅら)、迦楼羅(かるら)、緊那羅(きんなら)、畢婆迦羅(ひばから)の8体が揃って現存していますが、五部浄像は大破して胸から下の体部が失われています。中でも三面六臂(顔が3面、手が6本)の阿修羅像が有名です。緊那羅像は奈良国立博物館に寄託され本館に展示されています。
 乾漆十大弟子立像は、奈良時代の作です。八部衆像とともに、西金堂本尊釈迦如来像の周囲に安置されていた群像の1つです。当然ながら制作当初は10体の群像でしたが、4体は失われ、舎利弗(しゃりほつ)、目犍連(もくけんれん)、須菩提(すぼだい)、富楼那(ふるな)、迦旋延(かせんえん)、羅睺羅(らごら)の6体のみが現存しています。舎利弗、目犍連は奈良国立博物館に寄託され本館に展示されています。
 銅造仏頭は、奈良時代の作で頭部のみ残っています。白鳳文化を代表する作品としてしられています。旧山田寺仏頭とも伝えられています。元来、飛鳥の山田寺(現・奈良県桜井市)講堂本尊薬師三尊像の中尊像の頭部で、東金堂に安置されていましたがが、室町時代の火災で頭部だけがかろうじて焼け残りました。この頭部は、焼失後に新しく作った本尊像の台座内に納められて長らく人目にふれず忘れられていましたが、1937年(昭和12年)に再発見されました。この時に、珍しい銀製の仏像の腕(重文)も発見されています。木造仏頭は、廃絶した西金堂の旧本尊・釈迦如来像の頭部(鎌倉時代作)です。頭部のほかに両手の一部(銀造仏手:重文)、光背を飾っていた飛天像と化仏(けぶつ、小型の仏像)も残っています。従来、運慶の兄弟子・成朝の作とされていましたが、近年、興福寺別当(住職)信円の日記の記述から、1186年(文治2年)正月に運慶によって作られたとする説が有力となっています。
 木造金剛力士立像は、もと西金堂に安置されていたもので鎌倉時代の作です。
 木造天燈鬼・龍燈鬼立像は、もと西金堂に安置されていました。大きな燈篭を、天燈鬼は肩にかつぎ、龍燈鬼は頭上で支える構図となっています。架空の存在を写実的かつユーモラスに表現した、鎌倉期彫刻の傑作です。龍燈鬼像は、運慶の子息である康弁の1215年(建保3年)の作で、天燈鬼も康弁か周辺の仏師の作と思われます。
 木造法相六祖坐像は、運慶の父・康慶一門の作です。玄賓(げんぴん)、行賀(ぎょうが)、玄昉(げんぼう)、神叡(しんえい)、常騰(じょうとう)、善珠(ぜんしゅ)という、法相宗の6名の高僧の肖像です。南円堂の本尊の周囲に安置されていました。行賀像は奈良国立博物館に寄託され本館に展示されています。
 木造千手観音立像は、もと食堂の本尊です。高さ5.2メートルの巨像で、像内納入品の銘記から鎌倉時代の1229年(寛喜元年)頃の完成と推定されています。この千手観音像は記録によると造像開始から完成まで4半世紀の歳月を要しました。当初の造像担当者であった成朝は運慶の父康慶の兄弟子にあたり、康慶よりも正当な慶派の後継者でした。しかし成朝は病弱であったため千手観音像の制作途中で亡くなったと推定されています。成朝の没後放置されていたものが何らかの理由で制作が再開され、別の仏師の手により完成されたと考えられています。像の部材は制作が中止されている間風雨に晒されていたらしく、内部の木肌は酷く痛んだ状態です。
 板彫十二神将像は、平安時代の作です。日本では珍しい、板に浮き彫りにした仏像で、現在は剥落しているが、もとは彩色されていました。12面の全てが現存しています。
 金銅燈籠は、南円堂前に立っていた銅製の燈籠で、現在は国宝館に展示されています。平安時代初期の816年(弘仁7年)の銘があり、紀年銘のある燈籠としては日本最古のものです。火袋の文字は、当代の書道史の遺品としても貴重です。
 梵鐘には、奈良時代の「神亀4年」(727年)の銘があります。制作年の分かる梵鐘としては、京都・妙心寺の梵鐘(698年、国宝)に次いで、日本で二番目に古いものです。
 

 
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