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薬師寺

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 薬師寺(法相宗 大本山)の起源は、680年(天武天皇9年)に天武天皇が妃の鵜野讃良(うののさらら、後の持統天皇)皇后の病気平癒を祈願し、飛鳥の地(現在の奈良県橿原市城殿町)に寺院(現在の本薬師寺跡、国の特別史跡)を創建したのが始まりです。なお、天武天皇の存命中(686年(朱鳥元年)没)に完成せず、伽藍整備は持統天皇、文武天皇の代まで続きました。688年(持統天皇2年)に本尊・薬師如来の開眼(無遮大会(むしゃだいえ))が行われ、文武天皇の御代(698年(文武天皇2年))にほぼ全ての堂宇がようやく完成しました。その後、710年(和銅3年)に平城京への遷都が行われ、薬師寺も飛鳥から平城京の六条大路に面した現在地に移転しました。移転の時期は1015年(長和4年)成立の「薬師寺縁起」によれば718年(養老2年)のことと記されています。「扶桑略記」天平2年(730年)3月29日条に、「始薬師寺東塔立」とあり、東塔(三重塔)の完成が730年のことで、少なくともその頃まで造営が続いていたものと推察できます。
 
薬師寺(写真は2008年11月10日撮影)、左:東塔(国宝)・右:金堂
薬師寺
 
 奈良時代に完成した大伽藍ですが、その後、973年(天禄4年)の火災と1528年(享禄元年)の筒井順興の兵火で多くの伽藍が焼失しました。現存する奈良時代の建物は東塔(国宝)のみです。また東院堂(国宝)は鎌倉時代に建立されたものです。現在の煌びやかな伽藍は、昭和42年に高田好胤(たかだこういん)管主による薬師寺白鳳伽藍の復興の発願以降に建てられたものです。10年毎に薬師寺を訪れると「また新しいのが建ってる・・・」って感じでした。薬師寺がお金持ちと言うことではなく、再建費用は全て「お写経勧進」で賄ったとのことです。
 薬師寺は、1998年に「古都奈良の文化財」の一部としてユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されました。
 
薬師寺 地図(橙色マーカが薬師寺 金堂の場所)、薬師寺境内地図
赤線が白鳳伽藍、青線は玄奘三蔵院伽藍です。
 
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住所:奈良県奈良市西ノ京町457
1. 薬師寺 金堂
2. 大唐西域壁画殿
3. 近鉄西ノ京駅
4. 薬師寺駐車場
5. 薬師寺駐車場バス停
6. 薬師寺東口バス停
7. 西ノ京郵便局
薬師寺への行き方:近鉄西ノ京駅で下車し、東へ歩いてすぐ、車の場合は境内南側200メートルの場所にある駐車場を利用
 
薬師寺の年中行事
薬師寺の写真
南門
南門

東院堂
東院堂

東塔
東塔

西塔
西塔

金堂
金堂

大講堂
大講堂

 
上記以外の薬師寺の伽藍
中門東僧坊礼門玄奘塔大唐西域壁画殿孫太郎稲荷神社休岡八幡宮
 

 
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