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神功皇后


 神功皇后(じんぐう こうごう、西暦170年(成務40年) - 西暦269年(神功69年)没)は、第14代仲哀天皇の皇后です。日本書紀などによれば、夫であった仲哀天皇の死後に住吉大神の神託により、201年から269年まで政事を執り行ったとされています。お腹に子供(のちの応神天皇)を妊娠したまま武内宿禰と海を渡って朝鮮半島に出兵して新羅の国を攻め、新羅は戦わずして降服して朝貢を誓い、高句麗・百済も朝貢を約束(三韓征伐)したと云われています。また、三韓征伐の後の畿内に帰るとき、皇子(応神天皇)に対して、異母兄にあたる香坂皇子や忍熊皇子が畿内にて反乱を起こして戦いを挑んだが、神功皇后軍は武内宿禰や武振熊命の働きによりこの反乱を平定したも伝えられています。宮内庁では、奈良市にある五社神古墳を神功皇后陵(狭城盾列池上陵)としています。神功皇后は、日本紙幣(当時は大日本帝国政府紙幣)の肖像において女性としては最初に使用された人物です。
 
八尾曳山 諏訪町 御神体
神功皇后
 
秋の高山祭 金鳳台 飾り人形
神功皇后
 

 
日本の神話
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