この祭りの由来は、江戸時代の元禄年間に氷見町一帯に流行した疫病封じのため、南町の御座町が京都の八坂神社の祭神祇園神の分霊を勧請し病気平癒を祈願し、この祇園神を神輿にのせて巡行をしたことが始まりと伝えられています。南十町では10台の曳山がありましたが、1938年(昭和13年)の氷見町大火以降は5台となり、現在は太鼓台が神輿に供奉しています。北六町では、大正時代まで10メートルを越える立物(タテモン)と呼ばれる大きな人形を曳き回していました。
旧南十町の曳山は、初日(7月13日)の夜に提灯山の姿で町を曳き回されます。二日目(7月14日)は、花傘曳山の姿で午後2時頃から各町内を曳き回され、16時頃に中の橋に集合します。このときに神輿と太鼓台も中の橋を通ります。太鼓台は、「イヤサー、イヤサー」の掛け声とともに太鼓台を大きく揺らしたり、ぶつけあいを行います。
富山県西部に多く伝わる曳山祭りはゴールデンウィークの前後に行われますが、氷見祇園祭は疫病退散の祭りであるためか夏場の7月中旬に行われるのが異色です。曳山の形は、富山県曳山の発祥とされる高岡御車山祭りの山車と似ています。京都の祇園祭の山鉾とは全然違います。
南中町の花傘曳山(写真:2008年7月14日撮影)

氷見祇園祭 写真
曳山![]() |
太鼓台![]() |
日吉神社![]() |
日宮神社![]() |
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