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第12代藩主 前田斉広公夫人(継室 隆子)の墓


 眞龍院(しんりゅういん)は、前関白太政大臣・鷹司政煕の次女として1787年6月13日(天明7年4月28日)に生まれました。名は隆もしくは夙君と称しました。1807年(文化4年)に加賀藩 第代藩主・前田斉広に21歳で継室として輿入れしました。1824年(文政7年)に前田斉広が43歳で没した後に夙君は出家し眞龍院と称しました。
 1838年(天保9年8月)に江戸より金沢に移り、金沢城の金谷御殿に入りました。江戸から金沢への旅は、自筆の紀行文(道記一巻)として残されています。1863年(文久3年)には、第13代藩主前田斉泰が眞龍院のために造営した巽御殿(現在の成巽閣(国の重要文化財))に移り住みました。
 1870年7月6日(明治3年6月8日)に享年84歳の長寿を全うし逝去しました。
 
第12代藩主 前田斉広公夫人(眞龍院、継室 隆子)の墓所(写真:2012年4月15日撮影)
第12代藩主 前田斉広公夫人(眞龍院、継室 隆子)の墓
 
眞龍院の墳墓
眞龍院の墳墓
 
眞龍院の墓碑
眞龍院の墓碑
墓碑銘:藤原朝臣隆子之墓
墓所の石柱
墓所の石柱
石柱銘:第十二代 前田斉広朝臣夫人墓所
石柵
石柵
 

 
前田家墓所
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