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中国二十四孝
中国二十四孝 郭巨
郭巨(かくきょ)の故事
郭巨の家は貧しかったが、母と妻を養い、妻に子供が産まれ三歳になりました。郭巨の母は孫を可愛がり、自分の少ない食事を分け与えて生活していました。郭巨が妻に「我が家は貧しく母の食事さえも足りないのに、孫に分けていてはとても無理だ。夫婦であれば子供はまた授かるだろうが、母親は二度と授からない。ここはこの子を埋めて母を養おう」と言います。妻は悲嘆に暮れたが夫の命には従う他無く、三歳の子を連れて埋めに行きます。郭巨が涙を流しながら地面を少し掘ると黄金の釜が出、その釜には「孝行な郭巨に天からこれを与える。他人は盗ってはいけない」と書かれていました。郭巨と妻は黄金の釜を頂き喜び、子供と一緒に家に帰って更に母に孝行を尽くしました。
八尾曳山 今町 八枚彫
石動曳山 中新田町 蟇股彫刻
氷見祇園祭 南上町 高欄
その他:
伏木曳山 中町 高欄右面、
石動曳山 下糸岡町 高欄彫刻、
石動曳山 柳町 高欄金具
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