

高岡市立博物館:昭和26年(1951年)に高岡古城公園で開催された「高岡産業博覧会」の美術館パビリオンとして建築された建物です。博覧会終了後に高岡市美術館として開館(現 常設展示場)し、昭和46年(1971年)に高岡市立博物館となりました。
動物園:ペンギン・フラミンゴ・チンパンジーなどの動物達が飼育されています。自然資料館が併設され、鳥類・獣類の標本が展示されています。
蒸気機関車:高岡古城公園にある市民体育館の横にある蒸気機関車展示場にあるSLは、C11217号です。このSLは昭和16年7月に作られ、昭和36年末まで多治見・名古屋の両機関区で使用され、昭和37年から昭和43年7月まで石川県の七尾機関区で運転されました。その後、昭和43年8月から昭和44年9月まで富山第一機関区高岡支局に配置され、城端線や氷見線で運転されました。この間に104万km(月までなら一往復半の距離)走行しました。
慶長14年(1609年)加賀藩2代藩主の前田利長が築城家として有名であったキリシタン大名の高山右近に命じて造った高岡城には城中の飲水用として数箇所の井戸が掘られていました。その中でも、民部の井戸は最も大きなものでた。屋形が設けられ、築城当時の姿を偲ばせる貴重な遺構です。井筒:直径80cm・深さ8m、屋形:高さ5m50cm・面積7.4m2。井戸の横には三の丸茶屋(観光案内・売店)や市民体育館があります。
高岡城跡 石垣:高岡城は元和元年(1615年)に廃城となっりましたが、当時の城壁の名
残りとして、ニの丸と本丸を結ぶに土橋の石垣があります。石垣の石にはいろいろな文字や文様が刻印されており、キリシタン大名の高山右近が築城したこともありキリシタンに関係があるという説もありますが、実際には石工が石を切り出した時に付けた目印だと考えられています。石垣の積み方は乱積みという素朴ながら堅固な方法です。
射水神社:古城公園から北西5kmの場所にある二上山に二上神(瓊瓊杵尊:ににぎのみこと)」)が降臨したのは遥か古代で詳しい時代は定かではありません。天武天皇の3年(675年)正月奉幣を預かったとの伝承を持って鎮座の年とされています。慶雲3年初めて新年奉幣の例に入り、宝亀11年従五位下の神階に叙せられました。延喜の神名帳には越中唯一の名神大社に挙げられています。
戦国時代に兵火に罹り荒廃しましたが、前田利家・利長の保護により再興しました。明治4年の国幣中社に列せられました。明治維新後の神仏分離により、寺坊所管の二上を離れ明治8年9月に高岡古城公園(本丸跡)に遷座しました。
高岡市の開祖である前田利長が引退後の慶長14年に築いた高岡城は、築城条の名手である高山右近が縄張り(設計)した独創的な構成です。江戸城や大阪城に匹敵すると云われた城郭でした。右近は、時代の大勢を洞察し徳川家と豊臣家の争いが再燃することを予見し万一に備えた堅牢な城を造り上げました。
![]() 内濠 |
![]() 西内濠 |
![]() 市民会館 |
![]() 護国神社 |
![]() 弓道場 |
![]() 前田利長の銅像 |
![]() 瑞龍前田公遺徳碑 |
![]() 本丸の井戸 |
![]() 朝陽橋 |
![]() 朝陽の滝と聖観音菩薩 |
![]() カリヨン「飛翔」 |
![]() 句碑 |
![]() コブハクチョウ |